#38 丸山滉貴 (MURAバんく。)




ayU tokiO

恋する団地

学生時代、まだ僕が愛知に住み、MURAバんく。に所属する前のこと、大須のzooで発売されていた「新たなる解」を見つけ、ayUさんを知りました。

聞いてみると一曲目の「恋する団地」に当時、渋谷系やネオアコにやたらハマっていた僕は衝撃を受けてファンになりました。

上京し、阿佐ヶ谷のROJIで初めて見たayUさんの弾き語りライブや、初めてayUさんとお会いした7th Floorでのライブ、僕が働く古着屋さんが毎月催しているイベント「みちくさ」ではどれも違うアレンジの「恋する団地」を聞くことができました。この曲を聞いていると、自分がayUさんを知った「あの時」と「この時」が繋がっている実感を強く感じて、いつも涙ぐんでしまいます。


ayU tokiO

九月の雨

MURAバんく。に所属したてのころ、初めてギターの土屋くんが僕の家に遊びに来てお互いが聞いてきた曲を紹介し合った時に「九月の雨」を教えて土屋くんもこの曲でayUさんを知ることになりました。

いつかこの曲もライブで聞いてみたいです。


ayU tokiO

あさがお

この曲は僕が上京する前、東京-名古屋間を行き来していた時期の夜行バスでTwitterを見ていたらayUさんをMVが発表されていて、画面を薄暗くして、見ていたのを思い出します。

僕が所属するMURAバんく。がCOMPLEXからカセットをリリースすることが決まり、カセットテープを触れる必要があると思い、プレイヤーを買いました。その時に、仕上がりのカセットのイメージとしてayUさんから「あさがお」のカセットをいただきました。僕たちのカセットの外装は手作りで、その時期はメンバーと一緒に半地下の僕の部屋で頻繁に集まって制作していました。作業中には「あさがお」を流しながら作業をしていました。とても良い音とは言えない、かすれた音がする僕のカセットデッキから流れるこの曲は半地下の空気感や、その時の春の暖かさとはどこか相性が良く、ノスタルジーを感じます。


MURAバんく。

喪服の裾をからげ

COMPLEXから出した僕たちの初めて出したカセットテープの音源で、メンバー間で様々試行錯誤し作り上げた曲です。

ayUさんとバンドの出会いは下北沢THREEでの僕たちが出演していた日のライブを見に来ていただいた時で、その日にCOMPLEXから音源を出しませんか?というお誘いがあり、リリースをすることが決まりました。

ギターの土屋くんとドラムのチェが上京し、遠距離になったキーボードのおd。トランペットの椎名ボーイの加入。突然のコロナ禍など。変動のある中で一年の中で、それでも走り続けていくというコンセプトの元、出来上がった曲が「喪服の裾をからげ」でした。初めてメンバー全員が合流できたのが録音の前日で、録音は全編一発録りで行い、ayUさんも僕たちのこだわりを汲み取り、素晴らしい作品が仕上がりました。音源発表後もレコ発だったり、COMPLEXYouTubeチャンネルからMVや葛飾出身との合同YouTubeレコ発なども配信したり、ayUさんとも一緒にレコ発で共演しました。

ayUさんはレコーディングからその後の行動を共にする中で僕たちのメンバー、一人一人の個性を見出し、1番近いところで見守り続けてくれました。


太田貴子

魔法β

ayUさんにお声かげさせていただいて、ベースで参加させていただいた曲です。

コーラスを聞いた時、初めて恋する団地を聞いた時を思い出しました。まさかこうして、1ファンだった僕がこういった形でayUさんの楽曲に参加するとはと感慨深く思いました。

あと、この曲で母親から「あんた、太田貴子さんの曲に参加したの?ミュージシャンだね。」と言われたこともayUさんには本当に感謝しています。



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まるちゃんこと丸山くん(MURAバんく。)です。


ayU tokiOをやりつつ、2017年からはCOMPLEXという音楽レーベルをスタートしました。

はじめはayU tokiOの「恋する団地」音源をリリースする時に都合上必要だったことから名前を付けただけだった「COMPLEX」でしたが、(名前は[apartment complex]=[団地] から取った)

単語の意味には「集合」とかそういうニュアンスがあるということで、多面的を推していくレーベルとしての方向性と合致して納得いきました。

名前をつけるのはうまくいったりいかなかったりします。曲のタイトルやイベントのタイトルはスルスル出てくる方なんですけどね。なんなんですかね。



ayU tokiO以外の初めてのリリースはやなぎさわまちこ、その後いくつかのリリースをしてきましたが、「新人」と呼んで良い様な若者のリリースを行ったのはMURAバんく。が初めてのことでした。

自分の音楽活動をどこかで見て聞いて育ってきた人がいるなんてのはなかなか感慨深いもので、実感もあまりないですが、まるちゃんことはそういう人の一人なんだと思います。

本当にありがたいです。


レーベルをやる様になってからはなんとなく自分以外のアーティストの動向をチェックしつつ「レーベル的にはどうか」という様な視点を持つ(想像してみる)様になっていったのですが、そんな中でsnsで見かけたのがまるちゃんでした。


「高身長で変わった名前のバンドをやっているベースの子がいるな。」という印象でしたが、上でまるちゃんも書いてくれている通り、渋谷のライブハウスで声をかけられたのがきっかけで僕らの交流が現実的にスタートしました。


Twitterなどのsnsがきっかけで交流が始まるケースはこれが初めてというわけではありませんでしたが、本格的にコミュニケーションのきっかけになる場所が変化してきていて、次の時代に移っているんだと確認したのも彼や彼のバンド「MURAバんく。」との出会いからです。

それまでには「hirose kazuna with ECHO」「SaToA」がそんな感じでしたが、(どちらも僕よりも年下の世代の人たち。)

「MURAバんく。」との初期の頃のやり取りはさらにsns的な交流だなと思いました。


顔が見えづらく替えの効く関係は、成長の楽しみがなく、継続性のある楽しみを期待しづらいので今の所好きではないです。

出会い方が印象的(続きそうな感じ)な方が思い出を懐かしむことが出来る気がしています。自分はそういうものがどうしても好きです。



常に、新しいものの弊害がわかるのは少し先のことです。なので全てを決定的に無碍に扱うことはもちろんできないのですが、

自分が思う「魅力的なもの」のほとんどが継続的・連続的なものであるなら、現代的と思える「クオリティの高い」あらゆる事柄も、「インスタント性」を帯びることでどこか自分の愛する質感と決定的に相性が悪いと言わざるを得ません。


COMPLEXでの今後の活動において、

「若者特有の時の流れの速さ」が、「インスタント性」と近似していることに目を凝らしながら、

自分の持つ、すでに正体が判明してる「好き」との交差ポイントを見逃さないことが重要だと思ってます。

むず。


「老害」化してしまう自分に怯えてしまう部分も当然あるんですが、(「老害」って言葉は次に進むべき、死語になるべき言葉だなと思います。)

自分よりも若い世代とのやりとりに対して、よくよく考えることの多い日々を持ってやってきたのがまるちゃんだった、ということです。

むず。


MURAとの付き合いはおよそ一年ほどでしたが、その間まるちゃん(とドラムのノブトくん)には僕が太田貴子さんのアルバムを作っている時、ayU tokiOとして録音にも参加してもらいました。

一番新しい曲に一番若い付き合いの、一番若い仲間を招くということは自分にとって実は冒険だったのですが、これがとてもうまくいって良かったです。

残るものを作るのはやっぱり最高です。


この先どんな風になっていくのか、ここから先お互いに楽しんでいきたいね!また一緒になんかしよう!

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